記事を執筆した弁護士

弁護士法人ルミナス法律事務所 東京事務所 所長
弁護士 神林 美樹

慶應義塾大学法科大学院卒業。最高裁判所司法研修所修了後、都内の法律事務所・東証一部上場企業での勤務を経て、現在、弁護士法人ルミナス法律事務所所長。日弁連刑事弁護センター幹事、第一東京弁護士会刑事弁護委員会・裁判員部会委員等を務めている。冤罪弁護に注力し、無罪判決4件獲得。また、障害を有する方の弁護活動に力を入れており、日弁連責任能力PT副座長、司法精神医学会委員等を務めている。

 

先日、これまでに多くの刑事事件に携わってきた弁護士10名の共著で、「痴漢を弁護する理由」という本(小説)を出しました。この本では、二種類の事件を取り上げています。

第一話は、痴漢行為を否認し、無罪を争う冤罪弁護の事件。

第二話は、痴漢行為をしてしまったことに争いのない事件です。

私は、第二話の執筆に携わらせていただきました。

 

痴漢事件の弁護というと、まず思い浮かべるのは、「痴漢冤罪」ではないかと思います。

もし自分が、身に覚えのない痴漢行為を疑われて、ある日突然逮捕されてしまったり、無実を訴えても信じてもらえずに起訴され裁判になったりしたら、まずは弁護士に相談しようと考えるのではないかと思います。

 

他方で、実際に痴漢行為をしてしまったことに争いのない事件について、弁護をする理由は何なのか、疑問を持たれる方がいらっしゃるかもしれません。

私自身、刑事弁護に携わる前は、そうだったかもしれません。

 

ですが、実際に痴漢事件の弁護を多く担当し、依頼者の方一人ひとりと向き合う中で、事件の背景に様々な事情があることを知りました。

ご家族の方の痛みも知りました。

また、二度と痴漢行為を繰り返さないために、治療や福祉の立場から支援して下さる方々の存在を知りました。

 

もちろん、どのような事情があったとしても、それは被害者の方には関係がなく、痴漢行為をしてよい理由にはなりません。

しかし、それなら事後的に何もしなくてよいのかというと、それは違うと思っています。

 

ご本人が希望するならば、たとえば、被害者の方への謝罪・示談交渉をすることは、弁護人の大切な役割であると思います。

弁護人が誠意をもって対応すれば、被害者の方の不安軽減につながりうると思います(ご本人の謝罪の気持ちや反省状況等を伝えることができるのは、弁護人しかいません)。実際に、被害者の方から「お話を聞くことができて安心しました」と仰っていただいたことも少なくありません。

 

そして、ご本人が心から謝罪し、示談に向けた真摯な努力を重ねることは、特別予防(刑罰によって改善・教育を図り再犯を防止すること)の必要性を減少させる事情となり、ご本人の利益に資するものとなります。

 

また、ご本人が希望するならば、痴漢行為に至った原因・引き金を特定し、二度と痴漢行為を繰り返さないように、その改善に向けた具体的な対策を講じることも大切だと思います。それは、二度と再犯をしないというご本人の直接的な利益に資するだけでなく、二度と同じ行為をしてほしくないという被害者の方の気持ちにも沿うものと思いますし、痴漢の再犯を防止するという社会全体の利益にも適うものと思います。もっとも、原因・引き金は人によって様々ですので、対策の実効性を確保するために、治療や福祉の専門家の助言を受けることは重要だと思います。

 

検察官が起訴・不起訴の処分を決める際にも、裁判所が刑の重さを決める際にも、これらの事情が考慮されます。

考慮事情になるということは、このような活動を「しない」場合と「する」場合を比べると、後者の方が望ましい、という価値判断があるということです。

 

そうだとすれば、実際に痴漢をしてしまったことに争いのない事件において、被害者の方への謝罪や示談交渉、再犯防止に向けた具体的な取り組みをサポートするための弁護活動を行うことは、ご本人の利益に資するだけでなく、被害弁償の実現や、再犯防止を図るという意味でも重要なことだといえるのではないでしょうか。

 

ご本人の利益を実現するという刑事弁護人の使命を全うしつつ、法曹三者(裁判官・検察官・弁護士)の中で、最もご本人・ご家族と深く関わることができる立場であることを通じて、一つひとつの痴漢事件において弁護人として何ができるのか、これからも考え続けていきたいと思います。

 

この本は、そんな刑事弁護人の想いの一端を伝えるものになっています。

ぜひ手にとっていただければ幸いです。

 

 

弁護士法人ルミナス法律事務所

弁護士 神林美樹