記事を執筆した弁護士
弁護士法人ルミナス法律事務所 東京事務所 所長
弁護士 神林 美樹
慶應義塾大学法科大学院卒業。最高裁判所司法研修所修了後、都内の法律事務所・東証一部上場企業での勤務を経て、現在、弁護士法人ルミナス法律事務所所長。日弁連刑事弁護センター幹事、第一東京弁護士会刑事弁護委員会・裁判員部会委員等を務めている。冤罪弁護に注力し、無罪判決4件獲得。また、障害を有する方の弁護活動に力を入れており、日弁連責任能力PT副座長、司法精神医学会委員等を務めている。
目次
1.勾留の執行停止とは何か |
2.条文と解説 適当と認めるとき 委託と住居の制限(必要的条件) 任意的条件 |
3.令和5年改正を踏まえた変化 |
勾留の執行停止とは何か
勾留の執行停止とは、勾留の効力を維持しながら、その執行を一時的に停止し、被疑者・被告人(以下、「ご本人」といいます。)を身体拘束から釈放する制度です。
勾留の効力を維持しながらご本人を釈放するという点は、保釈と同じです。
しかし、
①保釈金の納付を必要としない
②起訴前の被疑者段階でも認められる
③当事者に申立権がない(勾留の執行停止を請求しても、それは裁判所の職権発動を促す趣旨として理解される)
ことなどが保釈とは異なります。
条文と解説
勾留の執行停止について定めた条文は、以下のとおりです。
刑事訴訟法95条(勾留の執行停止)
①裁判所は、適当と認めるときは、決定で、勾留されている被告人を親族、保護団体その他の者に委託し、又は被告人の住居を制限して、勾留の執行を停止することができる。この場合においては、適当と認める条件を付することができる。
② 前項前段の決定をする場合には、勾留の執行停止をする期間を指定することができる。
③ 前項の期間を指定するに当たつては、その終期を日時をもつて指定するとともに、当該日時に出頭すべき場所を指定しなければならない
④ 裁判所は、必要と認めるときは、第二項の期間を延長することができる。この場合においては、前項の規定を準用する。
⑤ 裁判所は、期間を指定されて勾留の執行停止をされた被告人について、当該期間の終期として指定された日時まで勾留の執行停止を継続する必要がなくなつたと認めるときは、当該期間を短縮することができる。この場合においては、第三項の規定を準用する。
⑥ 第九十三条第四項から第八項までの規定は、第一項前段の規定により被告人の住居を制限する場合について準用する。
では、重要なポイントについて、解説します。
適当と認めるとき
刑事訴訟法95条は、裁判所が「適当と認めるとき」に勾留の執行停止をすることができると規定するだけで、条文上は、具体的な定めがありません。
具体的な事案において、いかなる場合に執行停止が認められるかについては、執行停止をする場合には、「被告人を親族、保護団体その他の者に委託し、又は被告人の住居を制限」することが必要的条件とされていることに鑑みて、
・委託又は住居の制限等の条件により出頭ないし身柄の確保が期待でき
・勾留の執行力を停止して釈放することの「切実な必要性」がある場合
に認めるべきであると解されています。
委託と住居の制限(必要的条件)
前述のとおり、勾留の執行停止をする場合、「被告人を親族、保護団体その他の者に委託し、又は被告人の住居を制限」することが必要的条件とされています。
「委託」により執行停止を行う場合には、委託者から「何時でも召喚に応じ被告人を出頭させる旨の書面」を差し出させなければならないとされています(刑事訴訟規則90条)。この書面の作成を忘れないようにしましょう。
「その他の者への委託」としては、実務上、弁護人に委託することがあります。
当事務所では、弁護人が上記委託を受けて、執行停止期間中、常に弁護人が付き添うことを約束する旨の誓約書を提出して交渉した結果、執行停止が認められたケースがあります。
「住居の制限」としては、たとえば、家族の葬儀に出席する場合であれば葬儀場に、治療や鑑定等のために病院へ行く場合であれば病院に、住居が制限されることになります。
当事務所では、葬儀への出席や鑑定の実施のために執行停止を請求した事案で、葬儀場や病院を制限住居として交渉した結果、執行停止が認められたケースがあります。
委託と住居の制限という2つの条件は、排他的な性質をもつものではなく、併せてつけることもできると解されています。
通常、双方の条件を付すことに実務的な弊害はなく、むしろ両者の条件を付すことでより執行停止が認められやすくなりますので、弁護人としては、執行停止を求める場合には、委託と住居の制限の双方について、明確な条件を提示することが重要です。
任意的条件
上記の必要的条件(委託と住居の制限)以外にも、逃亡や罪証隠滅を防止するために必要かつ有効な条件を付けることができると考えられています。
実務上多く付される条件としては、事件関係者との接触禁止があります。
予めご本人から事件関係者と接触しないこと等を記載した誓約書を取得し、申請書に添付した上で、それらの条件を付けることに異論がない旨上申することによって、執行停止がより認められやすくなります。
令和5年改正を踏まえた変化
令和5年5月10日に、刑事訴訟法等の一部を改正する法律が成立し、同月17日に、公布されました。
この改正によって、
・勾留執行停止の期間満了後の被告人の不出頭罪(刑事訴訟法95条の2)
・勾留執行停止をされた被告人の制限住居離脱罪(刑事訴訟法95条の3)
・勾留執行停止をされた被告人の公判期日への不出頭罪(刑事訴訟法278条の2)
などの罰則が新設されています。
本改正前は、執行停止について、保釈に比べて法定の抑制手段が乏しいことを理由として執行停止について制限的な運用がなされる傾向がみられましたが、本改正後は、上記罰則をもって、保釈の場合と同様に、出頭の確保が実効的に担保できます。
弁護人が執行停止を求めるのは、ご本人の治療が必要な場合や、近しい方の葬儀等の冠婚葬祭に出席する場合など、健康上・人道上の問題に特に配慮する必要が高い場合であり、これが認められないことは、ご本人やご家族にとって取り返しのつかない大きな不利益が生じてしまいます。
改正を踏まえた執行停止を巡る状況の変化についても正しく理解し、ご本人にとって必要な執行停止を実現していくことが重要です。
弁護士法人ルミナス法律事務所