記事を執筆した弁護士
弁護士法人ルミナス法律事務所 東京事務所
弁護士 大橋 いく乃
早稲田大学大学院法務研究科卒業。最高裁判所司法研修所修了後、弁護士法人ルミナス法律事務所に加入し、多数の刑事事件・少年事件を担当。第一東京弁護士会刑事弁護委員会・裁判員裁判部会委員、刑事弁護フォーラム事務局、治療的司法研究会事務局等を務める。無罪判決、再度の執行猶予判決等を獲得。精神障害を有する方の刑事弁護に注力しており、医療・福祉の専門家と連携した弁護活動に積極的に取り組んでいる。
目次
1. 刑法等の一部を改正する法律が成立し、施行日が決まりました |
2. 執行猶予制度に関する改正 ①再度の執行猶予を言い渡すことのできる刑の上限の引き上げ ②保護観察付執行猶予判決を受けた場合の再度の執行猶予 ③新しい事件が執行猶予期間中に公判請求された場合に、執行猶予が取り消され得るとする規定の新設 |
3. 終わりに |
刑法等の一部を改正する法律が成立し、施行日が決まりました
令和4年6月13日に、刑法等の一部を改正する法律(令和4年法律第67号)が成立し、同月17日に公布されました。
本改正では、執行猶予に関する重要な改正が行われており、同改正部分について、令和7年6月1日に施行されることとなりました。
執行猶予制度に関する改正
そもそも、執行猶予とは、有罪判決が下された場合であっても、刑の執行を一定期間行わないこととし、直ちに刑務所に入るのではなく、社会内での更生の機会を与える制度です。
このような執行猶予の制度について、今回、以下3点について、改正がありました。
以下、それぞれの具体的な内容について、紹介します。
①再度の執行猶予を言い渡すことのできる刑の上限の引き上げ
改正前刑法第25条2項
前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその刑の全部の執行を猶予された者が一年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるときも、前項と同様とする。(前項と同様=裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その刑の全部の執行を猶予することができる。)
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新刑法25条2項
前に拘禁刑に処せられたことがあってもその刑の全部の執行を猶予された者が二年以下の拘禁刑の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるときも、前項と同様とする。(前項と同様=裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その刑の全部の執行を猶予することができる。)
改正前は、一度執行猶予判決を受け、その執行猶予期間中に再度罪を犯してしまった場合、再度の執行猶予を付すことができるケースは、「一年以下」の懲役又は禁錮の刑が言い渡される場合に限られていました。
しかし、改正後は、「二年以下」の拘禁刑の言渡し(本改正により、刑は懲役刑・禁錮刑が拘禁刑に一本化されることとなりました)の場合に、執行猶予を付すことができることになりました。
この改正により、従前より、再度の執行猶予の条件が緩和されたものといえます。
これまで、執行猶予中の再犯であった場合、事案の内容から1年を超える懲役等が想定され、執行猶予を付すことが難しいとされてきたケースについても、再度執行猶予を付すことが可能になると考えられます。
弁護人として、これまで以上に積極的に、社会内における立ち直りの可能性について主張しやすくなると思われます。
②保護観察付執行猶予判決を受けた場合の再度の執行猶予が可能に
改正前刑法第25条2項但し書き
ただし、次条第一項の規定により保護観察に付せられ、その期間内に更に罪をおかした者については、この限りでない。
⇓
新刑法第25条2項但し書き
ただし、この項本文の規定により刑の全部の執行を猶予されて、次条第一項の規定により保護観察に付せられ、その期間内に更に罪を犯した者については、この限りでない。
改正前は、初めての執行猶予付きの判決が、保護観察が付されたものであった場合、さらにその執行猶予期間中に再犯した方について、執行猶予を付すことができませんでした。
しかしこの改正により、保護観察付の執行猶予を付され、さらにその執行猶予期間中に再犯をした方の場合にも、再度、執行猶予を付すことができるようになりました。
もっとも、再度、刑の執行を猶予されている期間中に、さらに再犯した場合には、三度目の執行猶予を付すことはできないこととなっています。
すなわち、本改正により、初度の執行猶予判決が保護観察付であった場合にも、再度執行猶予付き判決を受けることが可能となります。
本改正により、保護観察がより活発に利用されることとなる可能性があります。弁護人としては、保護観察の制度を利用し、保護観察所や保護司の方々と共同して、社会内における立ち直りの機会を模索し、主張していくことになると考えられます。
③新しい事件が執行猶予期間中に公判請求された場合に、執行猶予が取り消され得るとする規定の新設
新刑法第27条
1項 刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消されることなくその猶予の期間を経過したときは、刑の言渡しはその効力を失う。
2項 前項の規定にかかわらず、刑の全部の執行猶予の期間内に更に犯した罪(罰金以上の刑に当たるものに限る。)について公訴の提起がされているときは、同項の刑の言渡しは、当該期間が経過した日から第四項又は第五項の規定によりこの項後段の規定による刑の全部の執行猶予の言渡しが取り消されることがなくなるまでの間(以下この項及び次項において「効力継続期間」という。)、引き続きその効力を有するものとする。この場合においては、当該刑については、当該効力継続期間はその全部の執行猶予の言渡しがされているものとみなす。
3項 前項前段の規定にかかわらず、効力継続期間における次に掲げる規定の適用については、同項の刑の言渡しは、効力を失っているものとみなす。
一 第二十五条、第二十六条、第二十六条の二、次条第一項及び第三項、第二十七条の四(第三号に係る部分に限る。)並びに第三十四条の二の規定
二 人の資格に関する法令の規定
4項 第二項前段の場合において、当該罪について拘禁刑 以上の刑に処せられ、その刑の全部について執行猶予の言渡しがないときは、同項後段の規定による刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消さなければならない。ただし、当該罪が同項前段の猶予の期間の経過後に犯した罪と併合罪として処断された場合において、犯情その他の情状を考慮して相当でないと認めるときは、この限りでない。
5項 第二項前段の場合において、当該罪について罰金に処せられたときは、同項後段の規定による刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消すことができる。
6項 前二項の規定により刑の全部の執行猶予の言渡しを取り消したときは、執行猶予中の他の拘禁刑についても、その猶予の言渡しを取り消さなければならない。
これまでは、執行猶予期間中にさらに再犯してしまったという場合にも、同事件について有罪が確定する前に執行猶予期間が経過すれば、前刑の執行猶予は取り消されず、新しい事件についてのみ、刑を受ける形となっていました。
しかし、本改正により、執行猶予期間中に再犯し、同期間中に起訴の手続きが取られた場合には、新しい事件についての判決前に前刑の執行猶予期間が経過していたとしても、前刑の執行猶予を取り消すことができることになりました。
新しい事件について、拘禁刑以上の刑に処せられた場合には、執行猶予は原則として取り消さ「なければならない」、罰金刑に処せられた場合には、取り消すことが「できる」という規定になっています。
本改正により、執行猶予期間経過後に新しい事件の判決を受けることで、執行猶予の取消を回避すること(「弁当切り」と呼ばれることもあります)が難しくなったと考えられます。
終わりに
本改正により、執行猶予制度の重要部分が変わります。
再度の執行猶予が付される条件が緩和されたり、保護観察制度が活用されることで、これまで実刑判決となっていた方々について社会内処遇の選択がされやすくなることが期待されます。
しかしその一方で、保護観察というご本人への負荷がかかる制度について、本来であれば不要であるケースに対してまで適用されてしまうなど、濫用されるおそれもあります。
弊所では、本改正施行後、適切なケースにおいて適切な形で制度が利用されるよう、尽力してまいります。
ご家族や大切な方が逮捕されてしまった方、認めている事件であるけれども、執行猶予判決を得たいという場合には、是非、当事務所までご相談ください。
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