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弁護士法人ルミナス法律事務所 東京事務所
弁護士 大橋 いく乃

早稲田大学大学院法務研究科卒業。最高裁判所司法研修所修了後、弁護士法人ルミナス法律事務所に加入し、多数の刑事事件・少年事件を担当。第一東京弁護士会刑事弁護委員会・裁判員裁判部会委員、刑事弁護フォーラム事務局、治療的司法研究会事務局等を務める。無罪判決、再度の執行猶予判決等を獲得。精神障害を有する方の刑事弁護に注力しており、医療・福祉の専門家と連携した弁護活動に積極的に取り組んでいる。

 

刑事訴訟のルールの1つに起訴状一本主義というのがあります。起訴状一本主義とは、起訴状には、裁判官の予断を生じさせるような書類その他の物を添付したり、引用してはならないというルールです。

 

刑事訴訟法256条6項にその規定があります。

 

刑事訴訟法256条6項

起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添附し、又はその内容を引用してはならない。

 

この規定の趣旨は、裁判官が予断を持たず白紙の状態で公判に臨めるようにすることによって、公平な裁判を実現することにあります。

戦前の旧刑事訴訟法では、起訴状と一緒に捜査書類等も裁判所に提出される形が採られていましたが、刑事訴訟法が改正され、現在のような形に変わりました。

これによって、裁判所は、公判の前に捜査書類に接することなく、予断を持たずに公判に臨むことができるようになりました。

 

上述の通り、起訴状一本主義の下では、予断を生じさせる書面その他の物の添付が禁止されるだけでなく、起訴状の記載自体も裁判官に予断を生じさせるものであってはならないとされています。

裁判官に予断を生じさせる起訴状の記載の例としては、前科の記載や、公訴事実を特定するために不要な暴力団員であることといった経歴等の記載などが挙げられます。

例えば、最高裁は、詐欺罪の事件で、「被告人は詐欺罪により既に二度処罰を受けたものであるが」との記載がなされた起訴状を、裁判官に予断を生じさせるものであるとして違法としました(最大判昭和27年3月5日)。

 

もっとも、上記判例において、例外的に、①前科が公訴犯罪事実の構成要件となっている場合や②前科が公訴犯罪事実の内容となっている場合には、前科についての記載をすることも許されるとされています。

①の例としては、常習累犯窃盗の場合が挙げられます。常習累犯窃盗は、窃盗の前科があることを前提に成立する犯罪であるため、公訴事実として常習累犯窃盗が成立することを示すためには、前科があることについて記載する必要があります。そのため、このような場合には、起訴状に前科についての記載をすることも許されるのです。

②の例としては、前科があることを示すことによって相手に恐怖を覚えさせるような形で行った恐喝や脅迫の場合が挙げられます。このような場合には、恐喝・脅迫の手段、方法を明らかにするために必要なので、当該前科を用いた脅迫文言を起訴状に記載しても違法とはならないとされています。

 

起訴状一本主義に違反して、裁判官に予断を生じさせた場合には、当該公訴は棄却されます。これは、裁判官に予断を生ぜしめるおそれのある事項が起訴状に記載されてしまえば、それにより生じた違法性は、その性質上もはや治癒することができないためです。

今年の2月にも、脅迫罪の事件で、不必要な前科の記載がなされたとして東京地裁が公訴を棄却した事案がありました。

予断を排除するというのは、刑事訴訟において、被告人が公平な裁判を受けるためにとても重要なことです。

 

一方で、現在の刑事訴訟法下においても、公判手続きが分離された共犯事件で、ほぼ同じ証拠構造の事案において、ある共犯者被告人が全部同意した証拠を全て読んで、予断が生じていると考えられる裁判官が、公訴事実を否認している被告人(証拠を不同意にして検察官にさらなる立証を求めたりするのが通常です)の公判を担当するということが普通に行われている現状があります。

起訴状一本主義、ひいては予断排除を貫徹すべく、我々弁護人が声を挙げ続けることが重要であると考えています。

 

 

 

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弁護士 大橋いく乃