記事を執筆した弁護士
弁護士法人ルミナス 代表
弁護士 中原 潤一
弁護士法人ルミナス代表弁護士。日弁連刑事弁護センター幹事、神奈川県弁護士会刑事弁護センター委員、刑事弁護実務専門誌編集委員等を務め、全国で弁護士向けの裁判員裁判研修の講師を多数務めている。冤罪弁護に精通し、5件の無罪判決を獲得。少年事件で非行事実なしの決定等の実績を有する。逮捕・勾留されているご依頼者を釈放する活動、冤罪事件の捜査弁護活動及び公判弁護活動、裁判員裁判等に注力している。
目次
1.執行猶予とは |
2.執行猶予がつく要件 |
3.再度の執行猶予 |
4.刑の一部執行猶予 |
5.執行猶予の取消 |
執行猶予とは
執行猶予とは、有罪判決が下された場合であっても、懲役刑や禁錮刑の執行を一定期間行わないこととし、直ちに刑務所に入るのではなく、社会内での更生の機会を与える制度をいいます。
たとえば、「懲役3年,執行猶予5年」という判決が出された場合、5年間懲役刑の執行は猶予されるので、直ちに刑務所に行く必要はありません。
そして、この5年間罪を犯さなければ、刑の言渡しの効力がなくなる(刑法27条)ため、3年の懲役刑も執行されず、刑務所に行く必要はなくなります。
もっとも、執行猶予付き判決は有罪判決の1つであるため、前科はつきます。
そして、猶予期間が経過して刑の言渡しの効力がなくなっても、前科としての記録が消えることはありません。
執行猶予がつく要件
執行猶予判決を下すことができるのは、3年以下の懲役もしくは禁固または50万円以下の罰金刑に限られます(刑法25条1項柱書)。
ですので、例えば、懲役3年を超える刑に処せられてしまうと、執行猶予は法律上つけられないということになります。
そして、下記の①ないし③のいずれかに該当する場合は、執行猶予を付けることができます。
① 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者(刑法25条1項1号)
② 前に禁固以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日またはその執行の免除を得た日から5年以内に禁固以上の刑に処せられたことがない者(刑法25条1項2号)
③ 前に禁固以上の刑に処せられたことがあってもその刑の全部の執行を猶予された者が1年以下の懲役または禁錮の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがある者で、保護観察期間中の犯罪ではない者(刑法25条2項)
上記のうち、①②の場合は、保護観察に付することができ、③の場合は、必ず保護観察に付することとされています(刑法25条の2第1項)。
保護観察とは、猶予期間中、保護観察官などの監督に服させる処分をいいます。
保護観察が付いた場合、定期的に保護観察官や保護司と面談をしたり、指導を受けたりすることが義務付けられることになります。
再度の執行猶予
上記③の場合を「再度の執行猶予」といい、言い渡された刑が1年以下で、情状に特に酌量すべきものがある場合に限り、もう一度執行猶予付き判決を言い渡すことができるとされています。
再度の執行猶予の検討を行う場面は、一度執行猶予判決を言い渡され、更正の機会が与えられたにもかかわらず、その猶予期間中に再び罪を犯してしまった場合となります。
そのため、一般論として、再度の執行猶予を得ることはそう簡単であるとは言えません。
刑の一部執行猶予
刑の一部執行猶予とは
有罪判決を下す場合、その刑の一部について執行を猶予することができるとする「刑の一部執行猶予」制度(刑法27条の2)が、2016年6月より、新たに導入されました。
たとえば、
「被告人を懲役3年に処する。その刑の一部である1年の執行を3年間猶予する。」
という判決が出された場合、被告人は、まず、2年間刑務所で服役し、その後釈放されて、残りの1年間について、3年間の執行猶予期間がはじまります。この間、執行猶予が取り消されない限り、残りの1年間については刑が執行されないこととなります。この制度が設けられたことで、刑務所内での更生と社会内での更生の両方を施すことが可能となり、再犯を防止するために用いられています。
刑の一部執行猶予の要件
刑の一部執行猶予判決の要件は、
(1) 以下の①~③のいずれかに該当し、
(2) 「3年以下の懲役又は禁錮」の言い渡しを受けた場合で、
(3) 再犯防止のための必要性・相当性が認められる場合、
となります(刑法27条の2第1項柱書)。
執行猶予期間は、「1年以上5年以下」の範囲で定められます(同項柱書)。
(1)前科の要件
① 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者(刑法27条の2第1項1号)
② 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その刑の全部の執行を猶予された者(同項2号)
③ 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から5年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者(同項3号)
一部執行猶予期間中は、保護観察に付すことができます(刑法27条の3第1項)。
保護観察に付すかどうかは、法律上は任意的です。
一部の執行猶予が付くと、実刑判決が出された場合に比べて、刑務所に入っていなければいけない期間は短くなります。もっとも、保護観察に付された場合には、全体で見ると国の干渉を受ける期間は長くなることに留意する必要があります。
国の干渉を受ける期間 | ||
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懲役3年の実刑判決 | 刑務所3年 | |
懲役3年のうち1年について3年の一部執行猶予 +保護観察 |
刑務所2年+保護観察3年 =5年 |
薬物使用等の罪に関する特則
薬物使用等の罪(覚醒剤や大麻など単純所持・自己使用など)に関する再犯防止を図るため、「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部執行猶予に関する法律」が制定されて特則が定められており、刑の一部執行猶予の適用範囲が拡大されています。
前科の要件(上記(1)の要件)はありません
累犯者に対しても一部執行猶予の適用が可能です。
保護観察は必要的に付されます
執行猶予の取消
次の場合は、執行猶予が取り消されてしまいます(一部例外あり(刑法26条柱書但書))。
① 猶予の期間内にさらに罪を犯して禁固以上の刑に処せられ、その刑の全部について執行猶予の言渡しがないとき(刑法26条1号)
② 猶予の言渡し前に犯した罪について禁固以上の刑に処せられ、その刑の全部について執行猶予の言渡しがないとき(刑法26条2号)
③ 猶予の言渡しの前に他の罪について禁固以上の刑に処せられたことが発覚したとき(刑法26条3号)
また、次の場合は、裁判官の裁量により、執行猶予が取り消されてしまう場合があります。
① 猶予の期間内にさらに罪を犯し、罰金に処せられたとき(刑法26条の2第1号)
② 保護観察に付せられた者が遵守すべき事項を遵守せず、情状が重いとき(刑法26条の2第2号9
③ 猶予の言渡し前に他の罪について禁固以上の罪に処せられ、その刑の全部の執行を猶予されたことが発覚したとき(刑法26条の2第3号)
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