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弁護士法人ルミナス法律事務所 東京事務所 所長
弁護士 神林 美樹

慶應義塾大学法科大学院卒業。最高裁判所司法研修所修了後、都内の法律事務所・東証一部上場企業での勤務を経て、現在、弁護士法人ルミナス法律事務所所長。日弁連刑事弁護センター幹事、第一東京弁護士会刑事弁護委員会・裁判員部会委員等を務めている。冤罪弁護に注力し、無罪判決4件獲得。また、障害を有する方の弁護活動に力を入れており、日弁連責任能力PT副座長、司法精神医学会委員等を務めている。

刑事事件の弁護人を務める中で、さまざまな精神鑑定(50条鑑定、起訴前鑑定、簡易鑑定、医療観察法鑑定、情状鑑定、訴訟能力鑑定など)に触れる機会があります。

 

精神障害を有する方の弁護人を務めるとき、私たち弁護人は、法律知識だけではなく、司法精神医学に関する基本的な知識と理解を深めるための努力を尽くすことが重要です。

 

今回は、2023年6月に日本語版が刊行された、「DSM-5-TR」における病名変更のポイントについて、確認します。

 

DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)は、米国精神医学会が作成する精神疾患に関する国際的な診断基準であり、刑事事件に関する精神鑑定においても、広く用いられています。

 

2013年に「DSM-5」が刊行され、2022年に、その本文改訂版である「DSM-5-TR」が刊行されました。そして、2023年6月に、「DSM-5-TR」の日本語版が刊行されています。

 

DSM-5-TRでは、DSM-5に関する種々の改訂が行われていますが、弁護人としては、まず、病名の邦訳に変更があったことを確認することが重要です。

 

日本精神神経学会精神科病名検討連絡会は、DSM-5-TRの病名・用語の邦訳を決める際の基本方針として、以下を定めています(髙橋三郎他訳「DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル」医学書院(2023)7-8頁、日本精神神経学会 精神科病名検討連絡会「DSM-5病名・用語翻訳ガイドライン(初版)」精神神経学雑誌 第116巻 第6号(2014)429-457頁)。

 

①患者中心の医療が行われる中で、病名・用語はわかりやすいもの、患者の理解と納得が得られやすいものであること

②差別意識や不快感を生まない名称であること

③国民の病気への認知度を高めやすいものであること

④直訳が相応しくない場合には意訳を考え、アルファベット病名はなるべく使わないこと

⑤原則、病名のdisorderを、disabilityの邦訳として広く使われている「障害」ではなく、「症」と訳すこと

 

上記方針等に基づき、DSM-5-TRでは、病名変更が多数行われており、とくに「○○障害」から「○○症」への変更が多く認められます。

 

具体的には、以下のような変更がありました。

 

DSM-5 DSM-5-TR
知的能力障害(知的発達症/知的発達障害) 知的発達症(知的能力障害)
妄想性障害 妄想症
短期精神病性障害 短期精神症
統合失調感情障害 統合失調感情症
双極性障害 双極症
抑うつ障害 抑うつ症
反応性アタッチメント障害/反応性愛着障害 反応性アタッチメント症
心的外傷後ストレス障害 心的外傷後ストレス症
適応障害 適応反応症
過食性障害 むちゃ食い症
物質関連障害 物質関連症
ギャンブル障害 ギャンブル行動症
パーソナリティ障害 パーソナリティ症
窃視障害 窃視症
露出障害 露出症
小児性愛障害 小児性愛症

(※主な変更点を記載しています)

 

今後、弁護活動の中で精神鑑定書や診断書等に触れるとき、改訂後の病名を目にする機会が増えてくると思いますので、このような病名変更があったことを確認しましょう。

 

弊所では、精神障害を抱えている方の弁護活動に注力しており、司法精神医学や責任能力に関する多数の書籍・雑誌・論文を収集・研究し、精神科医との勉強会や学会への参加、責任能力に関する研修の講師や論文の執筆等にも取り組み、研鑽に努めております。

 

これからも日々の研鑽を怠らず、一人一人の依頼者、ご家族と真摯に向き合い、最善の弁護活動を尽くしてまいりたいと思います。

 

 

弁護士法人ルミナス法律事務所

弁護士 神林美樹