2021年4月23日に東京弁護士会で開催された、「刑事事件における示談交渉」の研修講師を務めました。
刑事弁護において、示談交渉を担う機会は多くありますが、示談交渉のあり方について正解はありません。私自身、どうすれば、依頼者の方、ご家族の方の謝罪の気持ちを伝えることができるのか。どうすれば、被害者の方のご不安を軽減し、示談を受け入れていただくことができるのか。お話させていただいた依頼者の方、ご家族の方、被害者の方、一人一人の声を真摯に受け止めて、日々、試行錯誤しながら、示談交渉における弁護人としてのよりよいあり方を模索し続けているところです。
そのため、今回の研修のお話をいただいたときは、お引き受けするかどうか、迷う気持ちもありました。
しかし、刑事弁護において、示談交渉というのは非常に重要なテーマであるにもかかわらず、その議論の難しさ等から、示談交渉をテーマとして真正面から考える研修というのは非常に貴重な機会であるので(主催である東京弁護士会では初めての試みということでした)、一介の弁護人として日々示談交渉を担う中で、私自身が感じていること、考えていることをご紹介させていただき、議論の素材を提供すると共に、参加される先生方と一緒によりよい示談交渉のあり方について考えていきたいと思い、講師を務めさせていただきました。
今回は、次の2点をテーマにお話しました。
1つ目は、主に新規登録された先生方を対象として、「そもそも示談交渉ってどうやるの?」というお話をしました。示談交渉の基礎知識を確認し、示談交渉の基本的な流れを知ることが目標です。
2つ目は、「示談交渉って苦手だな…」という弁護人の悩みについて、視点を整理し、少しでも苦手意識を軽減できればという想いを込めて、私自身が日々模索しながら、努力したり、工夫したりしていることについて、お話しました。
いうまでもなく、刑事事件において、私たち弁護人の使命は、被疑者、被告人の立場にある「依頼者の利益を護る」ことにあります。
刑事裁判の法廷において、弁護人は、法廷弁護技術を駆使して、徹底的に依頼者を護ります。そこでは、弁護人は、とことん依頼者に偏った存在であるべきです。ときには、法廷にいる人から厳しい視線を向けられることもあるかもしれません。しかし、たとえ世界中の人が敵でも、弁護人だけは依頼者の味方であり続けます。それが、私たち弁護人に課された使命であるからです。
しかし、示談交渉においては、少し、視点の修正が必要です。示談交渉は、被害者の方への謝罪と示談を希望する依頼者の意向を受けて行います。依頼者が示談交渉を希望する以上、ここでいう依頼者の利益とは、示談成立を意味します。弁護人は、示談成立に向けて、弁護を尽くす義務があります。
そして、示談が成立するためには、謝罪と示談をすることについて被害者の方の納得を得て、受け入れていただくことが必要です。当然ですが、依頼者の方の事情だけを押し付けても、納得を得ることはできません。納得を得るためには、弁護人が被害者の方の気持ちを考えて、その不安や苦しさを真摯に受け止め、慰謝の措置に努力を注ぐべきであると考えています。弁護人がそのような努力を惜しまずに自己の職責を全うすることによって、被害者の方に受け入れていただくことのできる可能性が高まり、謝罪と示談を希望する依頼者の利益が護られると考えています。
刑事事件においては、原則として、依頼者本人が示談交渉を行うことはできません。
示談交渉は、弁護人にしか行うことができないものであって、まさに「弁護活動」そのものであることを意識することが重要です。
そして、刑事手続においては、弁護人ができる限りの弁護活動を尽くしたことが、事実上、裁判所の判断に影響を与えるということがあります。
私の担当した事件で、一審で無罪となり、刑事補償を請求したところ、依頼者が、当初虚偽の自白をしていたことを理由に、請求が棄却されたことがありました。東京高決平成26年7月11日は、これに対する即時抗告ですが、裁判所は、以下のように述べて、原審決定を取り消し、依頼者の刑事補償を認めました。
「弁護人において虚偽自白の影響を払しょくするため、可能な限りの努力が尽くされたと評価することができるのであって、そうであるのに、いったん虚偽自白をすれば未決の拘禁がいかに長引いてもその補償の全部をしないとすることは請求人に酷に過ぎるというべき」である。
示談交渉においても、弁護人として最善を尽くすことが、依頼者の利益を護ることに繋がります。そのような重要な職責を担っていることを忘れず、示談交渉のご依頼を受けた、一人一人の依頼者の方のために誠実な交渉を尽くしてまいりたいと思います。
弁護士法人ルミナス法律事務所
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