記事を執筆した弁護士

弁護士法人ルミナス 代表
弁護士 中原 潤一

弁護士法人ルミナス代表弁護士。日弁連刑事弁護センター幹事、神奈川県弁護士会刑事弁護センター委員、刑事弁護実務専門誌編集委員等を務め、全国で弁護士向けの裁判員裁判研修の講師を多数務めている。冤罪弁護に精通し、5件の無罪判決を獲得。少年事件で非行事実なしの決定等の実績を有する。逮捕・勾留されているご依頼者を釈放する活動、冤罪事件の捜査弁護活動及び公判弁護活動、裁判員裁判等に注力している。

公判前整理手続とは、充実した公判の審理を継続的、計画的、かつ迅速に行うために、裁判所と検察官と弁護人で裁判の事前準備をするための手続きです。

実際に裁判を始める前に、まず検察官がどのような証拠で起訴状に記載されている公訴事実を立証するかを明らかにします。

それに対して、弁護人が、検察や警察が持っている証拠を開示するよう請求し、検察官からの開示を受けてどこを争うか明示します。

そして、裁判所は、それらを踏まえて、どのような証拠で裁判をするか、何が争点になるのかを確認します。

こうして、証拠と争点を整理し、法曹三者の合意のもと裁判の準備をするのが公判前整理手続です。

簡単に言うと、裁判における「後出しじゃんけん」を禁止し、事前に証拠と争点を決めましょうね、というものです。

 

 

公判前整理手続の重要性

公判前整理手続は、裁判員裁判対象事件では必ず開かれることになっています。

また、裁判員裁判対象事件でなくても、特に否認事件では弁護人は公判前整理手続を開催するように積極的に請求をします。

それは、①公判前整理手続に付されると検察官に証拠開示を義務付けることができる、②証拠と争点を予め決めておくことによって、不意打ちを防止できる等のメリットがあるからです。

 

検察官に証拠開示を義務付けることができる

裁判は、検察官が持っている証拠をすべて裁判所に出す、というものではありません。

検察官は、起訴状に記載されている事実を立証するための最小限・最低限の証拠だけを裁判所に提出することになります。

それ以外の証拠については、検察官が持っているだけで、弁護人も被告人も裁判所も何もしなければ見ることはありません。

驚くべきことに、公判前整理手続でない場合には、これらの検察官が持っている証拠を開示するように義務付けるような法律はありません。

一定の条件のもとに、裁判所が証拠開示を命令することができるという判例だけが存在します。

ですので、検察官に証拠開示を義務付けることができるというのは、弁護人・被告人にとってはとても大きなメリットになります。

だからこそ、公判前整理手続は弁護人・被告人にとってはとても重要な手続きだと言えるのです。

 

不意打ちを防止することができる

あらかじめ証拠と争点の整理をしておくことで、検察官の「隠し玉」や「不意打ち」を防止することもできます。

最高裁判所も、公判前整理手続に付された事件では、公判期日においてすることを予定している主張があるにもかかわらず、これを明示しないということは許されず、これに反して不意打ち的に主張がなされた場合には、その主張・立証を制限できる場合があり得るということを示唆しています(最決平成27年5月25日)。

したがって、公判前整理手続に付されれば、検察官が証拠を開示した上、あらかじめ設定した争点以外の主張立証を許さないという効果もあるため、弁護人・被告人にとってはやはり重要な手続きだと言えます。

 

 

最近のニュース

ところで、先日、偽造通貨行使の罪に問われ一審無罪となった控訴審判決で、一審に差戻すという判決が出たようです。そこでは、偽造通貨行使罪の成否の判断には入手時点で偽札と認識していたかどうかが重要なポイントとなるのに、1審で検察側はその点を全く主張・立証しておらず、必要性を見落としたのは明らかであって、裁判官も審理が尽くされるような措置を講じず、その結果として無罪を言い渡したとして、改めて裁判員裁判で審理するのが相当としたとのことでした。

 

偽造通貨行使の罪は裁判員裁判対象事件ですので、公判前整理手続に付されています。

ですから、すでに述べたような証拠と争点の整理を何度も重ねてきたはずです。

それにもかかわらず、検察官が入手時点で偽札と認識したかという点は主張立証しなかったのですから、その点は争点になっていないはずです。

そして、刑事裁判は当事者主義、つまり事案の解明や証拠の提出はすべて当事者に委ねられているのですから、裁判所は検察官がそのような態度をとっている以上、「入手時点で偽札と認識したか」という点は考慮せずに有罪無罪を決めなければなりません。第一審の裁判員裁判では、そのような判断のもと、裁判員と裁判官は無罪という結論に至ったはずです。

この控訴審の判断を前提にすれば、第一審の公判前整理手続で全く触れられなかったことをまた一からやり直さなければならなくなります。

これは公判前整理手続の趣旨に反しているといえるでしょう。

このような控訴審の判断は、公判前整理手続の意義や当事者主義を非常に軽視する、不当なものであるというべきです。

おそらく、この事件は被告人側が上告すると思いますので、最高裁判所において、公判前整理手続の意義や当事者主義に則った判断がなされることを信じています。

 

 

弁護士法人ルミナス法律事務所横浜事務所

弁護士 中原 潤一