執筆者

弁護士法人ルミナス法律事務所東京事務所 

弁護士 大橋 いく乃 が執筆しました。

弊所では、定期的に弁護士内で勉強会を開催し、具体的な事例をテーマに、よりよい弁護活動のためには何をすればよいかという検討や振り返り、最新の判例研究などを行っています。

 

先日のテーマは、窃盗症(クレプトマニア)で執行猶予を目指す事件についてでした。

 

窃盗症(クレプトマニア)を患う方の事案では、病気の影響で、自らの行動を制御できずに万引きしてしまったと思われる事案が多くあります。適切な機関に繋がることができず、行動を制御できないまま万引きを繰り返してしまい、科される刑が重くなっていってしまうと、実刑判決を受ける可能性も高まってきます。

弊所では、そのような窃盗症(クレプトマニア)を患っていると思われる方からのご依頼を多くいただくことから、事務所内でも、知見をさらに深めるべく勉強会のテーマとしました。

 

今回取り上げた事案は、窃盗症(クレプトマニア)類似の精神障害の影響で、自らの行動を制御できずに商品を万引きしてしまったもので、心神耗弱であるとして責任能力を争っている事案です。

 

「心神耗弱(こうじゃく)」とは、①精神の障害があって、②事物の理非善悪を弁識する能力(事理弁識能力)及び③その弁識に従って行動する能力(行動制御能力)の双方もしくはいずれか一方が著しく減退している状態のことをいいます。

①の精神の障害があること、そしてその精神障害の事件への影響の有無・程度は、専門的な知見を有する精神科医からの意見を聞く必要があります。したがって、責任能力を争う事案では、医師との連携や当該精神障害の理解が不可欠となります。

 

窃盗症(クレプトマニア)の影響を理由に責任能力を争う場合も、同様です。

もっとも、窃盗症(クレプトマニア)の場合には、統合失調症のような典型的な精神障害で責任能力を争うケースと比較して、実務上課題が多いと感じています。

たとえば、まさに窃盗症(クレプトマニア)の影響があったと主張した場合、検察官はそもそも、その診断自体を争ってきます。特に診断基準であるA基準(個人的に用いるものでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗もうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される。)について、「個人的に用いようとしているからA基準に該当しない」と主張をしてくることが多くあります。

しかし、窃盗症(クレプトマニア)の方であっても、盗んだ物を一度も使用したことがない、という人はほとんどいません。A基準を文言通りに厳格に適用すると、この基準を満たす患者は、ほとんどいなくなってしまいます。そこで、A基準は、柔軟に解釈すべきであると解されています。A基準の本質は、後段部分、すなわち、「物を盗もうとする衝動に抵抗できない」という症状にあると考えるべきです。

 

また、万引きが窃盗症(クレプトマニア)の影響であり、事件当時、行動を制御することができなかったと主張した場合、検察官は、たとえば以下のような主張をしてきます。

 

①事件当時、周囲にひとがいないか確認をしたうえで万引きしているから、行動を制御できなかったとはいえない

②逮捕されたときに、逃げようとするなど防御行動をとることができているから、病的な行動ではない

などです。

 

しかし、いずれも窃盗症(クレプトマニア)の病理を理解していない主張と考えます。

すなわち、①については、窃盗症(クレプトマニア)は窃盗という特定の行為についての衝動制御能力の障害であることから、何の確認もせずにやみくもに行われるものではありません。国際的診断基準であるICD-10においても、窃盗症患者は「通常、何らかの身を隠す試みがなされる」と説明されています。

②については、あくまでも窃盗症(クレプトマニア)は、衝動制御の障害であり、基本的には自分の行為が悪いことであるということは分かっているため、逮捕時点で善悪の判断ができており、防御行動をとることができたとしても、それは窃盗症(クレプトマニア)の著しく強い影響によって行われたことを否定する根拠にはならないと考えるべきです。

 

このように検察官は、万引き行為が窃盗症(クレプトマニア)の影響であったことについて、徹底的に争ってきます。窃盗症(クレプトマニア)の病理への理解なしには、適切な弁護活動はなしえないと考えます。所内勉強会では、このような理解を前提に、一歩進んで裁判所をどのように説得するか、どうすれば執行猶予を獲得できるかといった部分について、議論を行いました。

この議論を通して、今後担当する窃盗症(クレプトマニア)の事件において、よりよい弁護活動を提供していくことが可能になったと考えます。

 

万引きを繰り返してしまうことで、もちろん店舗も大きな被害を受けることとなりますが、一方でご本人も人一倍悩み、苦しんでいます。誰よりも、万引きをやめたいとおもっているのはご本人です。そして、万引きをやめるために必要なのは、刑罰ではなく治療であると考えます。

今後も、裁判官に対し、病気の影響やご本人の治療への取り組み状況を適切に伝えることで、ご本人が治療を継続でき、二度と万引きに至らない環境を守るべく活動していきたいと思います。

 

 

弁護士法人ルミナス法律事務所東京事務所 弁護士 大橋いく乃