記事を執筆した弁護士

弁護士法人ルミナス法律事務所 埼玉事務所 所長
弁護士 田中 翔

慶應義塾大学法科大学院卒業。最高裁判所司法研修所修了後、公設事務所での勤務を経て、現在、弁護士法人ルミナス法律事務所埼玉事務所所長。日弁連刑事弁護センター幹事、埼玉弁護士会裁判員制度委員会委員、慶應義塾大学助教等を務めるほか、全国で弁護士向けの裁判員裁判研修の講師も多数務めている。冤罪弁護に注力し、無罪判決2件獲得。もし世界中が敵になっても、被疑者・被告人とされてしまった依頼者の味方として最後まで全力を尽くします。

 

証人尋問での証人の遮へい措置

刑事裁判では、目撃者や被害者とされる人などの供述調書が証拠として請求されることがあります。

それらの供述調書を弁護人が不同意にすると、原則としてその内容を証拠とすることはできなくなるので、検察官は証人尋問を請求します。

 

証人尋問は、被告人と証人が被告人席と証言席でお互いに見える形で行われることが基本ですが、被告人と証人との間や証人と傍聴席との間についたてを置き、物理的に相互に見えないようにする措置を採ることを請求されることがあります。

これを、一般に遮へい措置と呼び、刑事訴訟法157条の5に規定があります。
同条文では、「犯罪の性質,証人の年齢、心身の状態,被告人との関係その他の事情」から、「証人が被告人の面前において供述するときは圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認める場合」で相当と認めるときに、遮へい措置を認めることができるとされています。

遮へい措置が採られる場合には、検察官が、証人の遮へい措置を採るよう申し立て、弁護人に意見を聴いた上で、裁判所が遮へい措置を採るかを判断することになります。

 

 

遮へい措置の問題点

このように、証人尋問では、遮へい措置が採られる場合があります。

しかし、遮へい措置は、被告人と証人との間に物理的についたてを置く形で行われ、被告人と証人が遮られている構造になります。

法廷で遮へい措置が採られると、視覚的には、被告人が証人から隔離される形になります。法廷に入り証人尋問が始まる前から、裁判員や裁判官に、被告人が証人に対して恐怖を抱かせる存在である、恐れられる存在であるという誤った印象を与えかねない格好になります。

人は、誰しも多かれ少なかれ、偏見から逃れることはできません。一般市民である裁判員のみならず、裁判官もその偏見から無縁ではないはずです。その偏見が、判断に影響を与える可能性は否定できません。

遮へい措置を採ることによって裁判員や裁判官に与える影響は無視できるものではなく、遮へい措置により証人尋問が始まる前から被告人への不利が生じてしまう可能性があります。

 

さらに、相手が目の前にいると嘘をつくことは心理的に難しくなるというのは、一般的にも理解できる話だと思いますが、証人尋問でも、被告人と対面していることで、証人は嘘をつきにくくなり、対面での証人尋問を行うことは、事実に基づいた公平な裁判を行うためにも重要な要素となっていきます。

 

また、刑事裁判に最も大きな利害を持ち、その結果によって大きな影響を受ける被告人が、重要な証人尋問で、証人が受け答えする表情や態度を観察することができなくなります。このことは被告人にとって大きな不利益だといえます。そもそも、(弁護人ではなく)被告人に証人審問権が権利として認められており、証人尋問を行うことは被告人の重要な権利の一つです。歴史的にも、被告人が法廷で証人と対面して対決することは、被告人の証人審問権の内容として保障されてきました。

 

このように、証人尋問で遮へい措置を採ることには、被告人に大きな不利益をもたらしかねないものであり、たんに1枚のついたてではとどまらない大きな問題があります。

 

 

遮へい措置の現状

たしかに、重い性犯罪や組織的犯罪などで遮へい措置がなければ、証人が証言できない状態になる場合があることは否定できません。

しかし、上記のような問題があるからこそ、刑事訴訟法でも、「証人が被告人の面前において供述するときは圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認める場合」という厳しい要件を設けており、立法者が中心となって刊行された条文解説(松尾浩也編著『逐条解説犯罪被害者保護二法』)でも、証人に対して単なる圧迫を与えるのでは足りず、強い精神的圧迫を受け、心情を著しく害される事態であることが前提とされるなどしています。

 

それにもかかわらず、現在の刑事裁判実務では、そのような場合ではなく、組織的犯罪ですらない共犯者や目撃者などの証人尋問の場合であっても、安易に検察官により遮へい措置が申し立てられ、安易に裁判所も遮へい措置を認めることが少なくありません。

被告人の利益を守り、適切な手続を求めていく責務を負う弁護人は、安易な遮へい措置が採られないように弁護活動をしていくことが求められます。

 

 

遮へい措置を採らせないために

安易に遮へい措置を採られないようにするため、弁護人は適切に意見を述べて、遮へい措置に異議を申し立てるべきです。

検察官は、遮へい措置を求めるときは、裁判所に遮へい措置を求める理由を記載した申立書を提出します。

この申立書は、裁判所にのみ提出され、弁護人には写しを送られない検察官も多いです。

遮へい措置が申し立てたときは、検察官に申立書の写しを送付するように求め、まずその理由を精査する必要があります。

その上で、「証人が被告人の面前において供述するときは圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれ」の疎明がされていないことを指摘して、遮へい措置の要件が充たされていないとの意見を述べることになります。場合によっては、証人予定者の精神状態に関する資料の提出を検察官に求めることなども考えられます。

多くの場合では、口頭で意見を述べるだけではなく、意見書を作成して詳細に意見を述べることが望ましいといえます。

また、裁判官が遮へい措置を採ると決定したときには、法律の要件が充たされていないのに遮へい措置を認めたことに違法があるとして、即座に異議を申し立てるべきです。

 

意見書を提出して遮へい措置に異議を述べても、遮へい措置が認められてしまうことも残念ながら少なくありません。もっとも、適切な異議を述べたことにより、遮へい措置が採られないこともあります。

 

このように、効果的な証人尋問が行われるためには、証人尋問当日だけではなく、遮へい措置に関しても適切な弁護活動を行う必要があります。

 

 

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弁護士 田中翔