執筆者

弁護士法人ルミナス法律事務所東京事務所 

弁護士 神林 美樹 が執筆しました。

近年、自閉スペクトラム症(以下「ASD」という)の有病率は増加しており(安藤久美子「精神鑑定における『発達障害』の診断が果たした意義と役割」司法精神医第16巻第1号(2021年)49頁)、ASDという病気についての社会的認知度も高まりつつあります。

それに伴い、刑事弁護に携わる中でも、ASDの診断に触れる機会が増えてきました。

刑事弁護においては、主として、責任能力鑑定や情状鑑定などの精神鑑定や、ご本人の医療記録を検討する中で、ASDの診断に触れることがあります。

 

ここで誤解のないようにお伝えしたいことは、ASDを有する方は、生来的に一定の特性を有していますが、そのことと犯罪傾向とは関連がないということです(ときに、特定の場面だけを切り取って関連を示唆するような偏向報道に触れることがありますが、関連を立証するエビデンスは存在しません)。

当たり前のことですが、ASDが社会に広く周知されるようになり、治療や支援を求める方にASDの診断がなされる機会も増えている中で、診断を受けた方がみな、犯罪行為に至るわけでは全くありません。

 

しかし、生来的な障害であるASDの中心的症状は生涯持続し、薬物療法によって大きく変化することはなく、治療は、治癒ではなく、障害を抱えたままで社会適応能力と精神的安定の向上を図ることを意味する、と指摘されています(十一元三「精神鑑定における自閉スペクトラム症の問題」臨床精神医学第47巻第11号(2018年)1220頁)。

 

ご本人の責任ではない生来性の病気の影響により、そのような生きづらさを抱える中で、強いストレスや不適応が生じて、合併症や二次障害を生じる方も多くいらっしゃいます。

 

この点について、DSM-5・57頁は、「自閉スペクトラム症の多くが、この障害の診断基準の一部ではない精神症状をもっている(自閉スペクトラム症を有する人の約70%が併存する1つの精神疾患を、40%が併存する2つ以上の精神疾患をもっているかもしれない)」と指摘しています。

 

また、具体的な合併症、二次障害の例として、十一元三「精神鑑定における自閉スペクトラム症の問題」臨床精神医学第47巻第11号(2018年)1222頁は、「ASDでは幼少期頃より、知的能力障害、てんかん、注意欠如多動症(ADHD)、限局性学習症(学習障害)、双極性障害などを併せ持つことが多く…成人期に近づくにつれ、恐らくそれまでの不適応やストレスとも関連して、被害念慮、幻聴、うつ症状、不安症、解離症状などが出現するようになるケースが少なくない」と指摘しています。

 

弁護人としては、ご本人の責任ではないASDの特性や、これに伴う合併症、二次障害が事件やその背景に影響を与えている場合には、そのことを裁判所に伝える義務があります。

 

精神鑑定の結果によっては、責任能力を争うケースもあるでしょう。

ASDが責任能力に与える影響について、現時点における、裁判所の基本的な判断傾向は、以下のように整理できます。

 

  • ASD自体の特性(対人相互性の障害、こだわりの強さ等)それのみでは、責任能力への影響を認めない。

 

  • ASDを有する方に合併症や二次障害が認められる場合には、合併症や二次障害の内容・程度と犯行に与えた影響の強さによっては、責任能力に影響を及ぼす場合がある。

 

後者に関する近時の裁判例としては、ASDを有する被告人が、合併症を発症したケースにおいて、その圧倒的な影響により弁識能力又は制御能力が失われた状態にあったとして心神喪失を認定した事例(長野地松本支判令和2年8月31日:ASD+短期精神病性障害)、その著しい影響により行為に及んだとして心神耗弱を認定した事例(東京地立川支判令和2年6月17日:ASD+放火症・間欠性爆発性障害)もあります。

 

また、責任能力を争うのではなく、完全責任能力であることを前提に、ASDを有する被告人が事件に至った経緯や、今後の治療・支援環境などについて情状弁護を尽くして戦うケースも多くあります。

このようなケースにおいては、情状鑑定を積極的に活用することや、社会福祉士に更生支援計画の作成を依頼することなどが考えられます。

 

刑事手続の被疑者、被告人の立場におかれた方は、だれもが、大きな不安に陥ります。

そのような大きな不安の中で、ASDの方は、弁護人に対して助けを求められずパニックに陥ってしまう可能性もあります(対人相互性の障害、DSM-5・A基準)。

 

また、想像力・共感性の障害が強い方の場合、被害者の気持ちを具体的に想像することが不得意であったり、反省の気持ちを表現することが苦手だったりします。

 

私たち弁護人は、そのようなASDの方の特性に十分配慮しながら、信頼関係の構築に努め、ケース毎に求められる適切な弁護活動を実践していくことが重要です。

そのような弁護活動を実践するために、ASDに関する裁判例や医学論文の検討や、精神科医との意見交換等の機会を通じて日々研鑽を積み、理解を深めてまいりたいと思います。

 

 

弁護士法人ルミナス法律事務所東京事務所 弁護士 神林美樹