記事を執筆した弁護士

弁護士法人ルミナス 代表
弁護士 中原 潤一

弁護士法人ルミナス代表弁護士。日弁連刑事弁護センター幹事、神奈川県弁護士会刑事弁護センター委員、刑事弁護実務専門誌編集委員等を務め、全国で弁護士向けの裁判員裁判研修の講師を多数務めている。冤罪弁護に精通し、5件の無罪判決を獲得。少年事件で非行事実なしの決定等の実績を有する。逮捕・勾留されているご依頼者を釈放する活動、冤罪事件の捜査弁護活動及び公判弁護活動、裁判員裁判等に注力している。

目次

1.はじめに
2. 理由その1:何をどこまで供述調書にして良いのか不明であること
3. 理由その2:人間の記憶に絶対がないこと
4. 理由その3:これまでの冤罪は無理矢理自白を取られていること
5. 否認事件では黙秘が最善

 

 

はじめに

以前、否認事件の被疑者弁護活動に関する講師をした際に、受講されていた弁護士から「自白調書を作らせなければ良いのではないか。なぜ黙秘までする必要があるのか。」という趣旨の質問を受けたことがあります。これは、否認事件において捜査機関に供述調書を作成させたとしても、その内容が自白調書になっていなければそれで足りるのではないかという問題意識が前提となっていると思われます。

しかし、自白調書でなければ供述調書を作成させても良いという考えは、明確に誤っていると思います。当事務所では、否認事件では供述調書を作らせるべきではないという考えに基づいて弁護活動を行っています。このコラムでは、その理由について解説したいと思います。

 

 

理由その1:何をどこまで供述調書にして良いのか不明であること

たとえば、AさんがBさんを殴ったとする暴行被疑事実で逮捕されたとします。Aさんは、「Bさんを殴ったことはない」として否認しています。この場合、「自白調書は作らせないが供述調書は作ってよい」という場合、何が「自白調書」に当たるのでしょうか。まず思いつくのは「私がBさんを殴りました」というものです。これさえ作らなければ大丈夫なのでしょうか。そんなことはありません。Aさんが「Bさんを殴っていない」と供述した場合、捜査機関がそれで諦めることはありません。それ以外にAさんが認める事情を固めていって、状況的にAさんが殴った以外あり得ないような調書を作成することは可能です。

たとえば、

  • 昨日は午前9時から午前10時までBさんと二人きりだった
  • 一緒にいたのはAさんの部屋だった
  • Bさんが午前9時に会った時点で怪我をしていたことはない
  • Bさんが午前10時までの間に家の中で転んだりしたこともない
  • Bさんから恨まれるような事情は何もない
  • Bさんが嘘をついてAさんを陥れるような事情はない

このような内容の調書は、AさんがBさんを殴ったことを否定していたとしても、実質的にはBさんを殴ったのはAさんしかいないことを認めているような調書です。これは自白調書ではないのでしょうか。このような調書が存在することは、Aさんにとってまさに百害あって一利なしというべきでしょう。

捜査段階では、弁護人は捜査機関が集めている証拠を見ることはできません。ですので、弁護人が何をどこまで話してよいのか、供述調書にして良いのかを判断することは極めて難しいということになります。一方で、もし裁判になれば、証拠を見ることができます。証拠を見ながら、裁判でどのように説明をするのかを一緒に考えれば良いのです。上記のようなまさに「足枷」としか言いようがない調書を作成する理由がありません。

 

 

理由その2:人間の記憶に絶対がないこと

人間の記憶には絶対がありません。人間はその主観で物事を把握したいように把握し、記憶します。そもそも物事を把握する際に、主観で歪められている可能性がありますし、そうでないとしても正確に記憶しておくことは極めて難しいです。上記の例でいえば、午前9時から10時まで一緒にいたという事実が正確ではないかもしれません。午前9時に会った時点で怪我をしていないように見えていたとしても、怪我をしていたかもしれません。Aさんが見ていないところで、家の中でBさんが転んだりどこかに体をぶつけたりしたこともあるかもしれません。

供述調書を作成するということは、まず、Aさんの記憶がすべて正確であることを前提にしなければ成り立ちません。しかし、それには限界があります。人間の記憶がすべて正確であるということはあり得ません。次に、Aさんが話した内容を、捜査機関がそのまま供述調書に記載している必要があります。しかし、現在の供述調書はそのような形は採っていません。Aさんが話した内容を、捜査機関の方でまとめて、あたかもAさんが一人で話をしているかのような内容になっています。捜査機関の「まとめ方」は、必ず、捜査機関が思い描くストーリーに寄せたものになっています。ニュアンスや表現は、すべて捜査機関が決めます。そもそも記憶が絶対的なものではないのに、さらに表現の段階で歪められてしまうのです。

 

 

 

 

 

理由その3:これまでの冤罪は無理矢理自白を取られていること

これまでの著名な冤罪事件は、ほぼすべての事件で無理矢理自白を取られていると言っても過言ではありません。最近、再審開始決定が確定した袴田さんの事件も同じです。当初は否認していたとしても、取調べに耐えられなくなって自白をしてしまうのです。

これは、現在でも同じです。たとえ否認していたとしても、供述をしてしまっていればうまく捜査機関の口車に乗せられて、虚偽の自白をしてしまうことは起こり得るのです。供述をすればするほど、そのような隙は生まれます。湖東記念病院事件などがその典型例と言えるかもしれません。

 

 

否認事件では、黙秘が最善

だからこそ、否認事件では黙秘が最善です。こちらの言い分は、弁護士が調書を作成することもできますし、様々な方法で捜査機関に提示することが可能です。そのような方法で、当事務所では多数の嫌疑不十分不起訴処分を獲得して参りましたし、無罪判決を獲得して参りました。否認事件、冤罪事件の弁護活動は弁護士法人ルミナス法律事務所にお任せください。

 

 

弁護士法人ルミナス法律事務所横浜事務所

弁護士 中原潤一