記事を執筆した弁護士

弁護士法人ルミナス法律事務所 埼玉事務所 所長
弁護士 田中 翔

慶應義塾大学法科大学院卒業。最高裁判所司法研修所修了後、公設事務所での勤務を経て、現在、弁護士法人ルミナス法律事務所埼玉事務所所長。日弁連刑事弁護センター幹事、埼玉弁護士会裁判員制度委員会委員、慶應義塾大学助教等を務めるほか、全国で弁護士向けの裁判員裁判研修の講師も多数務めている。冤罪弁護に注力し、無罪判決2件獲得。もし世界中が敵になっても、被疑者・被告人とされてしまった依頼者の味方として最後まで全力を尽くします。

目次

1.逮捕後の取調べについて
2. 事実関係を争う場合には黙秘が最善
3. 黙秘以外の選択肢

 

 

逮捕後の取調べについて

逮捕・勾留された場合には、起訴されるまでの期間、警察官や検察官により、取調べを受けることになります。

取調べは、多いときには連日行われ、少ない場合でも3~4日間に1回は行われることが多いです。

取調べにどのように対応するかは、起訴・不起訴の結果、起訴された場合の判決結果に大きく影響しうる要素になります。

 

 

事実関係を争う場合には黙秘が最善

しかし、取調べで黙秘することは、決して簡単なことではありません。

事実関係を争う場合、取調べにおいて黙秘することが最善の対応となることが多いといえます。黙秘とは、取調べにおいて、一切の供述をしないことであり、黙秘権は、憲法と刑事訴訟法で保障されています。

 

取調べで供述することは、①証拠を確認できておらず、供述内容が有利に働くか不利に働くか確認できないまま、供述が証拠化される、②自身の供述により、不利な証拠が発見されたり、他の関係者の供述が不利に変容するなど不利な証拠が積み重なることにつながる、などのリスクを生むことになります。

多くの人は、逮捕・勾留という非日常的な状況で、自身で考えているよりも冷静な判断ができない心理状態となっています。しかも、捜査機関は全ての証拠を持っている一方で、被疑者側は、証拠を見ることはできず、他人と話すことすら難しい状況であり、圧倒的な情報格差があります。さらに、全ての事実を鮮明に記憶していることは通常考え難く、記憶違いなどや思い違いがあることも少なくありません。そのような中で、ある供述をしたことが、後々取り返しがつかない不利な証拠となる可能性は否定できません。

また、ある供述をしたことにより、供述をしなければ捜査機関が発見することは困難であった証拠が発見される可能性がある他、例えば、本来であれば「●●だったかはわかりません」という目撃者Wの供述が、被疑者Xが「▲▲だった」と話したことにより、捜査機関がWに対し、「あなたは●●だったかはわかりませんと言っているが、Xは▲▲と話している。もう一度思い出して、どうだったか。」と質問することにより、Wが「そう言われれば、▲▲だったかもしれません。」というように、取り調べで供述したことをきっかけとして、事件関係者の証言が(不利に)変わってしまう可能性があります。このように、取調べで供述したことにより、不利な証拠が発見されたり、不利な証拠が作り上げられる可能性があります。

 

以上のように、取調べで供述することは、非常に大きなリスクがあります。このリスクは、とくに事実関係を争う事件では、とても大きいものであるといえます。他方で、取調べで黙秘したとしても、そのことによって裁判で不利になることはなく、多くの場合には、捜査段階で黙秘したことは公判で明らかにもなりません。後から事実関係を認めることになったとしても、捜査段階で黙秘したことで量刑が重くなるということはありません。保釈請求する場合も、裁判所宛の陳述書を作成したりすることで黙秘していることでのデメリットを最小限にすることができます。

 

そのため、取調べにおいては、黙秘することが最善の対応策となることが多いです。

 

 

黙秘以外の選択肢

取調べは、時にほぼ連日、1日何時間にもわたって行われます。黙秘していれば、黙秘をやめて話すように様々な説得がされます。このような状況で、黙秘をし続けることは、簡単なことではありません。

現状では取調べに弁護人が同席することはできないため、弁護人は、接見を繰り返し、取調べの状況を確認しつつ、どのように黙秘すればいいのかをアドバイスし続け、黙秘を続けていくことになります。

 

もっとも、取調べで黙秘する他に、そもそも取調べ室に行かないという方法も検討の余地があります。明確な呼び方は決まっていませんが、「出房拒否」と呼ばれるものです。そもそも取調べに行かなければ、不利な供述を残されるリスクはなくなり、黙秘をし続けることによる精神的負担もなくなるというメリットがあるため、一つの有力な選択肢となりえます。

刑事訴訟法198条1項は、「検察官、検察事務官又司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。」と規定しています。

この条文の「但し」以降を読むと、「逮捕又は勾留されているとき」は、出頭を拒めず退去することもできないようにも読めます。捜査機関は、これを根拠に、取調べを受けなければならない義務があるとしています(これは取調べ受任義務の有無という論点として、昔から学者や法律家の間でも議論が分かれている問題です。)。

そのため、取調べ室に行くことを拒否しても、取調べに行かなければならないと強く説得されます。場合によっては担架などで強制的に取調べ室に連れて行かれる場合も過去にはありました。

しかし、最近では、取調べ室に行くことを拒否し続けた場合、説得はされるものの、強制的に取調べ室に連れて行かれることまではあまりされないようです。当事務所の弁護士が担当した事案でも、出房拒否に成功した事例があります。

もっとも、警察署によっては、出房拒否を試みると、長時間説得されることもあり、事実上取調べ室に行かざるを得ない状況になることもあるようです。そのため、現状では、出房拒否が確実に可能であるとまではいえない状況のようです。その場合には、取調べ室に行った上で、黙秘をすることになります。

 

出房拒否をする場合は、どのように取調べ室に行くのを断るかを入念に打ち合せる必要があります。場合によっては弁護人から取調べを拒否する旨の申入書を捜査機関と留置施設に送付しておくことも有効です。

 

取調べに対し、どのように対応するかについてはいくつかの選択肢があります。個々の事案で、どのような対応を選択して実践していくかは、弁護人の力量が試される場面でもあります。

取調べ対応について悩んでいる方は、ぜひ一度ご相談ください。

 

 

弁護士法人ルミナス法律事務所埼玉事務所

弁護士 田中翔